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2016/05/17

憧れの山下清展



二年前隣県で行われていた山下清展に一人でいこうかしら?と思ったほど行きたかった展覧会がここ広島で開催されると
きき行ってきました。(1週間前に知った(-_-;)
最終日を含め3回行きましたが連日大盛況でした。やはりテレビドラマの影響でしょうか?大勢の人でした。
年配のかたが多かったです。

作品は清画伯の学園のころの初期の貼り絵から放浪をしながら作成した作品、画家になり海外でのスケッチをもとにした作品、
油絵、水彩画、陶器、ペン画など150点の作品を見ることができます。
なかなか見ごたえのある素晴らしい展覧会でした。

DSC_0264_convert_20160517114618.jpg



そしてなにより感動したのは画伯のドキュメンタリービデオが放映されていたことです。
しかもカラーで画伯の声もちゃんと聴けます。けっこう高い声だったのですね。
花火の貼り絵を作っていました。
弟さんが助手を務め、画伯が「この花火はなに色がいいかな?白じゃあおかしいかな?花火だもんな」
と言っているところが興味深かったです。

画伯が動いている!しゃべっている!貼り絵を作っている!

ナレーションでも言っていました。
「清君の美しいものを探検する心は少しも傷つくことなく生きつづけています。」
この言葉が画伯のすべてを代弁しているとおもいました。
メデイアに取り上げられ放浪に出て、物乞いや労働をしたり時には暴力をうけたり警察に窃盗を疑われたりもしたそうです。
放浪にでたのは徴兵を逃れるためだったともいわれていますが、本心はどうだったのでしょうか?
清にしかわかりませんね。
でも放浪を繰り返し清の目に写った景色を清の手で紡ぎ出された作品をこの目で見れて幸せです。
49歳で亡くなった清。
晩年に作成していた東海道中の旅の絵は未完成のままになってしまいました。
一番の無念はそれを商品化しようとした人ではなく清自身ではなかったのではないでしょうか?

清はゴッホの絵に深く影響をうけていたそうで、ゴッホのお墓も訪れたそうです。
日本のゴッホと呼ばれた山下清。
清は言います。
「生きているうちに評価を得た自分と、死んでから評価を得たゴッホ。どちらが幸せかな・・・
やっぱり生きているうちのほうがいいなあ。」

画伯、亡くなってからもこうしてあなたの絵を愛し、尊敬していますよ~。
永遠の少年、山下清さまへ。



DSC_0258_convert_20160517125315.jpg


グッズもたくさん買いました。画集、はがき、複製画、湯飲み、クリアファイル・・・
宝物です。
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